プロフィール
1970年2月19日、日本人の父とヨーロッパ人の母(フランス生まれイギリス育ち)の第二子として、カナダで産声をあげます。同年6月19日、生後4ヶ月の時、家族4人で日本上陸。以後ずっと日本に暮らしています。赤ん坊の頃は、母がフランス語で子育てをしていたので、初めての言葉はフランス語。兄とふたり、保育園に通い始めた時はフランス語しか話せず、先生方は随分、ご苦労なさったそうです。思えば、この時初めて【コトバを教える】喜びを知ったのかもしれません。日本語を話せない私たちの為に、先生方がまず覚えた言葉は『ピッピ』と『カッカ』(フランス語で「おしっこ」「うんこ」の幼児語)でした。インターナショナルスクールなんて福岡にはなかった時代、日本人として公立小学校、中学校、高校を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。特に英語が出来るオコサマには仕上がりませんでした。高校生のときから英語に興味を持つようになり、海外旅行を経て英語を身につけてきました。
出版社、外資系ホテルを経て、2002年5月9日、英会話教師として産声をあげます。2004年1月に福岡市中央区桜坂に待望の教室を開き、その後2008年6月に近くに移転、今に至ります。
略歴
1970.02.19 うまれる
2002.05.09 英会話教師となる
2003 "WAFAインタナショナルセミナー"の際、日本フラワーデザイナーズ協会の通訳
2004.01.01 福岡市中央区桜坂に教室を開校
2004, 2005 ピンストライプアーティスト・Mr.Gの通訳として渡米
2005.04. 【第8回 WAFA World Flower Show】の際、アメリカチーム通訳
2008.06. 教室を移転
2008〜 福岡動物病院看護士学院講師(英会話・ビジネスマナー担当)
2008〜 福岡市立草ヶ江小学校ALT
2009.08〜 ホームステイプログラム開始
思う事
ごどもの頃、福岡の繁華街・天神を歩いている時、向こうから外国人が来ると『ほらママ、見てん、ガイジン、ガイジン!』…私の手を引いてくれているママも立派なガイジン。母が日本人でない事は理解していたけれど、自分の母は別。当時の福岡は、まだまだ外国人が少なかった頃、街で外国人を見かけると興奮したモノです。私はそれくらい、普通のニホンジンのオコサマでした。
保育園の先生にフランス語を教えた後です。日本人のトモダチができるにつれ、日本語しか話さなくなってきたようです。日本語はトモダチを作る道具、フランス語や英語ではトモダチは作れない、そう思ったのでしょう。家の中でも日本語しか聞こえなくなってきました。とはいえ、両親の会話は英語。内緒の話であればあるほど、英語で話していました。私はよっぽど勘がよかったのか、両親が子供に聞かれたくない大切な話しを英語でしている時、その内容をきちんと理解し、横やりを入れるモンだから、しょっちゅう怒られていました。中学校に入って英語の授業が始まりますが、勉強しないから成績は散々。それでも、たまにカナダから遊びにくる祖父母や、両親の外国人の友人達とは英語で渡り合っていたようです。両親の会話で耳が慣れていたからでしょうね、自分が英語を身につけたいと思った時にはすんなり耳に入ってきたようです。
子供達には色んな可能性があります。そして色んな選択肢があります。小さい頃から英語を習う子供達の多くは自ら英語を選んではいないでしょう。むしろ、「英語が話したい」「英語が話せないのが悔しい」「英語は必要だ」と、お考えの親御さんが、子供に英語を与えるのだと思います。それはとても素敵な事です。ベラベラに喋る事は少し置いておいて、まずは子供達の中に『英語の種』を植えてあげましょう。「英語はたのしい」そんな英語の種を植えてあげられたら、成長の過程で英語から離れる事があったとしても、将来、英語と向き合いたいと欲した時、きっと大きな英語の花を咲かせてくれると信じています。
美川オーラゆき
所在地
住所
福岡市中央区谷1-1-8 大産桜坂 #107
地下鉄桜坂駅から、こどもの足だと10分くらい
1.桜坂の交差点を城南線沿いに、六本松方面へ進む
2.スーパー”ラ・パレット”を通りすぎる
3.日産の脇の細い道を道なりに上がってくる
4.坂のちょうどてっぺんあたり、右手にあるクラシカルなマンションの一階
車でお越しの方へ
*マンション敷地内にコインパーキングがあります
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電話 : 090-7989-6213
*レッスン中は電話に出る事が出来ません
*メッセージを残していただければ、こちらからご連絡いたします



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